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目次

計算機年表

  • 1642年
    • B.パスカルが歯車式加算機を発明する。
      • 歯車の回転で自動的に桁上げをすることはできたが、引き算はできなかった。そこでパスカルの方法と呼ばれる仕方で引き算が行われた。この方法は引き算の代わりに補数を作って足し算をする仕方であり、この方式の原理は現在のコンピュータでも使われている。
  • 1673年
    • G.W.ライプニッツが段差歯車式計算機を発明する。
      • 四則演算ができるが、掛け算は足し算を桁上げしながら繰り返すとう方法であり、割り算は引き算を繰り返しながら桁下げをしていくという方法で代行していた。
      • その後の手回し計算機の原型となった。
  • 1679年
    • ライプニッツは2進計算法を完成させる。
  • 1804年
    • ジャカールがパンチカード式機織機を発明する。
  • 1820年
    • C.X.トーマスが円筒式段差歯車式アリスモメーターを発明する。
  • 1823年
    • C.バベージが階差エンジンを発明する。
  • 1833年
    • C.バベージが解析エンジンの構想を練る。
      • 当時流行の蒸気機関を使い、ジャカールの機織機のパンチカード方式を利用して、機械の計算手順をコントロールしようと考えていた。
  • 1854年
    • シュウツ父子がバベージの階差エンジンに基づいた計算機が発明する。
  • 1868年
    • ショールズがタイプライターを発明する。
  • 1874年
    • M.ウィベリがシュウツ計算機を改良する。
    • W.T.オドナーがピン型歯車式手回し計算機を発明する。
  • 1883年
    • T.エジソンがエジソン効果を発見する。
      • 真空管はエジソン効果によりリレーよりも静かで動作の速いスイッチとして利用できる。
  • 1890年
    • ハーマン・ホレリスがパンチカード式統計機械を国勢調査に利用する。
      • この機械により、計算素子として歯車に代わって電気信号や電流が利用されるになった。999999と並んだところに1を加える場面を想像する。1つ1つの歯車が軽くても、6つもの歯車を同時に動かすなとなると相当な負担がかかる。現在のコンピュータのアイデアを先取りしたといわれるバベージの階差エンジンの場合でも、そこに限界があったといわれている。たとえ蒸気エンジンを用いたとしても計算素子が歯車である限り、力の限界を打ち破ることができなかったのである。
      • この統計機械はカードに開けられた穴の位置によってカードを分類し、その数を数えるという簡単なものであったが、カード上の穴の位置がまず電気信号に変えられ、それが電磁力によって対応するポケットの蓋を開くという仕組みであった。
  • 1892年
    • バロースが計算と印刷が可能な加算機を発明する。
  • 1906年
    • T.バースが計算尺を発明する。
  • 1911年
    • J.パワーズが統計機械を発明する。
  • 1912年
    • モンローがキーボード式計算機の生産を開始する。
  • 1925年
    • V.ブッシュが大型アナログ計算機を発明する。
  • 1931年
    • V.ブッシュがアナログ微分解析機を発明する。
  • 1935年
    • K.チューゼがリレー式計算機Z-1を発明する。
  • 1940年
    • G.R.スティビッツが複素数計算機を発表する。
    • ベル電話研究所がリレー式計算機MODEL-1を開発する。
    • サイバネティックスの創始者のノーバート・ウィーナーは計算機の製作にあたり考慮しなけばならない必須条件として次の5つを挙げた。.妊献織觴阿任△襪海函↓電子管回路を利用すること、2進数を用いること、ぜ動制御の機能を持つこと、ゥ如璽燭竜憶が可能であること
  • 1944年
    • H.エイケンがリレー式自動逐次制御計算機ハーバードMARK-1を開発する。
  • 1946年
    • J.エッカートとW.モークリーが真空管配線盤式計算機ENIACを開発する。
  • 1949年
    • M.V.ウィルクスがプログラム内蔵方式ケンブリッジEDSACを開発する。
  • 1950年
    • J.フォンノイマンがプログラム内蔵方式プリンストンEDVACを開発する。
  • 1954年
    • IBMがFORTRANを開発する。
      • 世界初の実用的なコンパイラであった。
  • 1956年
    • IBMはFORTRANモニタを開発する。
      • たくさんのジョブを連続的に処理することを目的にした最初のOSである。
  • 1958年
    • アメリカのコンピュータ学会も加わり、ALGOLの草案が作られる。
  • 1959年
    • アメリカ国防総省の後援により、COBOLが開発される。
    • J.キルビーとR.ノイスがICを発明する。
  • 1964年
    • IBMとそのユーザー団体SHAREとの共同プロジェクトとしてPL/Iが開発される。
      • PL/IはFORTRAN,ALGOL,COBOLからそれぞれの長所を取り入れた意欲的なコンパイラである。
  • 1965年
    • IBMがICを搭載した最初のコンピュータ360を発表する。
  • 1969年
    • アメリカのATTベル研究所でUNIXが誕生する。
  • 1971年
    • IBMがLSIを用いたIBM370を出荷する。
      • 主記憶装置に半導体を使い、初めて仮想記憶を実現した。
    • Intel社が4ビットマイコンi4004を製品化する。
    • Intel社が1KビットDRAMのi1103を発表する。
  • 1973年
    • 日立製作所が4KビットDRAMの量産を開始する。
  • 1974年
    • Intel社が8ビットマイコンのi8080を発売する。
  • 1977年
    • Intel社が4KビットSRAMのi2147を発表する。
  • 1978年
    • Intel社が16ビットマイコンのi8086を発表する。
  • 1979年
    • IBMが64KビットDRAM搭載の4300シリーズを2機種発表する。
  • 1980年
    • 漢字パターン用1MビットのROMを開発する。
  • 1983年
    • 日立製作所が256KビットDRAMの量産を開始する。
  • 1985年
    • 東芝が1MビットCMOS SDRAMを開発する。
  • 1986年
    • 東芝が4MビットDRAMを開発する。
  • 1990年
    • 日立製作所が64MビットDRAMの試作に成功する。

世代による汎用コンピュータの区分分け

  • 第1世代
    • 真空管コンピュータ
  • 第2世代
    • トランジスタ式のコンピュータ
  • 第3世代
    • 集積回路で作られたコンピュータ
      • 1965年にIBM社が開発したSystem 360という汎用機が初の第3世代コンピュータである。この機種は最初のバイトマシンでもあり、最初のIC採用機であった。このICは混成集積回路と呼ばれ、今の一石集積回路の一歩手前の製品であった。

コンピュータ理論

 1854年にジョージ・ブールによって論理学と代数学(これをブール代数という)が結合された。

 1937年にブール代数の公理系を電子回路として表現できることが、クロード・シャノンによって示される。

 イギリスの数学者チューリング(Turing)は、1936年の論文でチューリングマシン(Turing Machine:TM)という仮想的概念を発表した。この論文は「論理的計算などの計算一般を完全に人工的にこなしていく、一般的なモデルを扱ったもの」であった。これは現在のコンピュータの理論的モデルとなっている。チューリングはまず人間の頭は有限の記憶能力しかないことに着目した。計算をするには、まず紙の上に書かれた記号を読み、それの繰り返しであると考えたのである。これをモデル化するに当たり、読み取りテープには記号が一列に記され、機械は一度にひとつずつの記号を読み取っていく。さらに以前に書いた記号が参照でき、書き直すこともできるものとした。

 データとプログラムを同一の記憶装置に入れるというコンピュータ(プログラム内蔵コンピュータという)のことを、フォン・ノイマン型コンピュータと呼ばれる。呼び名からフォン・ノイマンが発明したかのように思えるが、実際には違う。真相はこうだ。

 まず、エッカートが容易に再設定可能(ただし読み取り専用)の構想プログラムメモリをEDVACに使うことを議論しだした。その後で、フォン・ノイマンはそれを読み書き可能なプログラムリにすること、即ちプログラム可変内蔵方式の議論を始め、それがバークスによって記録され、EDVACの報告書の第一草稿となった。ところがその後フォン・ノイマンはEDVACの報告書に自分ひとりの署名で書き表し、それが評価を受けることでフォン・ノイマンひとりが名声を得ることになったのである。このことで、当初からENIACと共にEDVACの開発をしていたモークリーとエッカートは、新参者のフォン・ノイマンと関係が悪化した。

真空管コンピュータの登場

 1950年(昭和25年)に初めて真空管を作ったコンピュータが作られ、その数年後に日本も試作してTACと名付けられた。

トランジスタコンピュータの登場

 1960年(昭和35年)頃にはトランジスタの時代になり、その技術によりコンピュータが作られるようになってコンピュータの価格も下がり、大学・大会社・政府機関が集中方式で汎用コンピュータのセンターを設置するようになった。冷房のきいた特別なコンピュータ室で何人かのエリートが操作して、一般の人はそこに頼んで仕事をしてもらうという構図であった。

ミニコンの普及

 1963年(昭和38年)に、アメリカのDEC社からPDP-4という小型コンピュータが発表された。その後、間もなくして1,500万円で買えるPDP-8が登場し、一世を風靡する。サイズは少し小さくなり、機能も多少大型と比べると劣ることからミニコンピュータ(ミニコン)と呼ばれ、各工場や小さい研究所などで使われ始め、急速に普及し始める。

CPUの誕生

 トランジスタの時代が終わると、半導体ICの時代になる。いくつかのトランジスタ抵抗器コンデンサなどを半導体の小さなウエハーの上にサイズを小さくして集めたものをICと呼ぶが、数ミリ角の半導体の層を用意し、写真のネガの原像と同じように不要の部分を溶かして、トランジスタの働きをする必要なところを残すようにして作ったものである。よって、ネガ写真が1枚あれば同じ写真が何枚でも作れるように、IC回路は同じようなやり方で多数のICを同時に作ることができる。原図の回路設計は大きく描き、写真技術の発達でこれを5mm角ぐらいに縮小できるようになったことがICの発達の大きな要因と言える。

 1960年代後半から1970年代前半にかけて、電卓のLSIが発展する。これをきっかけにCPUという概念が登場する。そして、登場した最初のCPUが4004である。1971年末には、当時「100$コンピュータ用LSI」ということで大きな 衝撃を世界に与えた。

最初のパソコン

 8080が発売されたその年に、MITSという小さな会社の技術者エド・ロバーツがマイクロコンピュータAltair(アルテア)を作った。このマイコンを作るにあたり、ロバーツは雑誌『ポピュラー・エレクトロニクス』の編集者からマイコンの製作を問い合わされ、その1975年1月号に間に合うように大急ぎでアルテアが作られた。Altairの特集は大反響を呼んだ。Altairは外見上はスイッチをLEDが並んでいるだけの箱で、このスイッチのON/OFFして機械語のプログラムを入力すると、出力装置であるLEDが点滅する仕組みであった。ところが若者にとっては、キット価格で397ドルという安い値段でマイコンが手に入るのは大変魅力的・刺激的であったのだ。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスも、学生の頃『ポピュラー・エレクトロニクス』を読んでおり、特にAltairの特集に影響を受けた。

 実際にビル・ゲイツは仲間のポール・アレンと共に、Altair上で動くBASICを開発した。そのときの逸話がある。実はAltairの出荷も、自分たちの開発も始まっていないうちに、すでにプログラムはできているとはったりをかまし、Altairの発売元のMITSに売り込んだ。その後8週間かかりAltair版BASICを完成させて、MITSに持ち込むと見事に動いたわけだ。彼らがまずPDP-10(世界初のMPUの動作を再現するプログラム)を書き、そこでAltair用BASICを完成させた。このようにすることで、実機にすることなく、Altair用BASICを作ってしまったわけだ。彼らはこれを販売するソフトウェア会社のマイクロソフトを設立した。

マッキントッシュ128Kの登場

 1964年に、米アップルコンピュータ社からマッキントッシュ128Kが発表された。

パソコンの普及

 1977年にApplePET2001が登場する。その頃からパソコンが一般の人の間にも普及し始める。

 これはロボットのイメージの遍歴にも大きな影響を与えたと推測できる。実際にこの時代のロボットデザインは、非人間型の動くパソコンのような雰囲気が主流であった。

参考文献

  • 『新世紀デジタル講義』
  • 『マイコン入門心得帖』
  • 『社会科学系のためのコンピュータ科学入門』