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*はじめに [#dd7d9a99]

 明和年間・寛政年間の三美人たちは、芸者や遊女などの玄人ではなく、素人娘であった。評判の娘たちは、浮世絵版画はもちろん、諸本に描かれて歌舞伎にも登場して、庶民の人気の的であった。

*明和年間の三美人 [#z567b37b]

 すらりとした細身で細面の瓜実顔が条件であった。

-浅草神生堂裏の柳屋の「お藤」
--化粧のやや濃い都会美
-浅草二十軒茶屋の蔦屋【つたや】の「およし」
-谷中笠森稲荷水茶屋の鍵屋の「お仙」
--薄化粧で自然美
--人気絶頂の頃、引退して旗本の倉地政之助の奥さんに納まる。
--十余人の子が生まれた
--お仙夫婦の墓は中野の正見寺にある。

*寛政年間の三美人 [#ya0fb272]

*参考文献 [#xc53c493]

-『一問一答クイズ大江戸風俗往来』