*目次 [#j5ee9828]

#contents


*佐幕 [#ne0cb20f]

-「幕府を&ruby(たす){佐};ける」という意味。
-会津藩の佐幕思想は、初代藩主&ruby(ほしな){保科};&ruby(まさゆき){正之};に起源を発する。


*攘夷 [#l548bf40]

-ペリー来航以来、日本の武士階級には休息に攘夷思想が広まった。
-「&ruby(えびす){夷};(外国人)を&ruby(はら){攘};う」
-外国人(異人)を日本から追い払えという思想。


**攘夷思想が拡大した理由 [#nb1537c7]

 当時の日本には水戸学を知らない人々もたくさんした。しかし、そのような人であっても、幕府が開国政策を取ると同時に欧米人を憎み、攘夷の観念に染まっていった。

 その理由は2つ挙げられる。

+開国した結果、物価が暴騰して生活が苦しくなったため。
--当時の貿易はメキシコドルによって決済されていたが、メキシコドルの国際相場を知らない日本の商人たちは1ドル払えばよいところを3ドル相当の金銀を支払っていたのである。
+開港地からやってきた欧米の商人あるいはその使用人の中には、日本人を未開の人種であるかのように軽んじる者が少なくなかったため。
--鉄砲による狩猟を行い、流れ弾で野良仕事中の農民を負傷させた事件もあった。
--居留地外で馬の遠乗りをして、沿道の住民を危険な目にあわせた者もいた。


**攘夷思想に対する東西の違い [#x46da8f7]

+東日本
--徳川将軍を「公方【くぼう】さま」と呼び崇める傾向にある。
--佐幕思想になじみやすい。
+西日本
--朝廷を尊ぶ傾向にある。
--尊皇攘夷思想になじみやすい。
--ただし、江戸定詰【じょうづ】めは長い間江戸に住むうちに、都会生活を謳歌させてくれる「公方さま」の偉大さを肌で感じるようになり、佐幕思想の持ち主になっていく。このような人々が攘夷思想に目ざめた場合、一直線に尊皇攘夷に向かうのではなく、将軍の指揮のもとで攘夷を行い、再鎖国に持っていくという考えになる傾向にある。この思想を''佐幕攘夷''という。
---[[新撰組]]はこの佐幕攘夷の持ち主たちで構成されていた。


*尊皇攘夷 [#o8e75f34]

''尊王思想''とは天皇や朝廷を尊ぶという考え方である。一方、''攘夷思想''とは国外の勢力を打ち払うという考え方である。

**尊皇攘夷の思想の発端 [#l67f2187]

 本来の意味の尊皇攘夷とは、古代中国が周りに存在する諸民族を夷【えびす】と見なして打ち払うことである。つまり、本来の意味の尊皇攘夷を日本人が信じたとすれば、中国の王朝を助けて日本を滅ぼすということになる(中国にとって日本も夷のひとつ)。そういう意味に捉えなかったのは、日本は外来の文化をうまく取り入れるという伝統があるからである。日本の武士階級は「和魂漢才」という言葉を好んでいた。この言葉は「日本固有の精神を失わないで、中国の学問を消化・活用すべき」という意味を持つ。これも日本の発想のひとつの例である。

 このような発想から「尊王」の「王」を日本の天皇、「攘夷」の「夷」を開国と同時に日本にやってきた欧米人に置き換えて成立したのが、幕末の尊皇攘夷思想である。

 それに貢献したのが水戸藩で育った[[水戸学]]である。


**尊王思想と攘夷思想が結びついた理由 [#yc4e5b10]

 元々外国との条約の締結には朝廷の許しである勅許【ちょっきょ】が必要であった。朝廷は外国勢力に対して警戒心が強く、孝明【こうめい】天皇は外国との条約締結には反対であった。しかし、幕府は外国の圧力に押され、朝廷の許しなしに勝手に不平等条約を結んでしまったのである。

 こうなると、尊王の理念からすれば、朝廷を許しを得ないで勝手に判断した幕府は非難される立場にある。こうして攘夷と尊王という2つの理念が結びついたのである。そのためよく2つ合わせて''尊皇攘夷''と呼ばれる。

 その後、尊皇攘夷の掛け声は間接的に幕府を批判し、弾劾する意味合いも持つようになった。つまり、尊皇攘夷という運動が、倒幕という国内の体制変革の運動にすり変わっていったのである。


*公武合体 [#h2329627]

 朝廷は幕府に対して攘夷の決行を迫っていた。ところが当時の日本には武力で攘夷を決行して、外国勢力を打ち払う力はなかった。そこで幕府は朝廷をなだめるために、公武合体【こうぶがった】という考え方を出した。「公」とは公家に通じるように「朝廷」を意味し、「武」は武士に通じる幕府を意味している。

 公武合体の考えは、攘夷を決行するにしても、まず日本が力をつけねばならず、そのためには国内がまとめることが大切であり、それゆえに朝廷と幕府が密接に連携する必要があるというものである。つまり、公武合体といっても尊皇攘夷と対立する思想であるわけではない。


*倒幕と討幕 [#he9aaba4]

 「倒幕」と「討幕」はほぼ同じ意味である。「討幕」という場合は、幕府を武力によって討つという意味が入っている。


*各グループの思想比較 [#b8e56f1a]

-尊皇攘夷佐幕派
--[[新撰組]]
-尊皇攘夷倒幕派
--[[清河八郎]]側の[[浪士組]]
--[[御領衛士]]
--薩長同盟後の[[薩摩藩]]
--[[長州藩]]
-公武合体派
--薩長同盟前の[[薩摩藩]]
--[[会津藩]]


*参考文献 [#s691b4e2]

-『別巻・その時歴史が動いた 新撰組興亡史 幕末に青春を賭けた若者たちの軌跡』
-『幕末入門』