• 追加された行はこの色です。
  • 削除された行はこの色です。
  • 前方後円墳 へ行く。

*目次 [#md4d782b]

#contents


*初期の前方後円墳 vs それ以前の弥生墳丘墓の違い [#yd02ac40]

 初期の前方後円墳からみた、それ以前の弥生墳丘墓との類似点・相違点を、次に列挙する。

-類似点
--出雲地方に現れた四隅突出型方形台状墓(例:出雲市の西谷【にしたに】三号墓)は、墓の周囲が石で覆われている。同様に、最古の前方後円墳と確認されている奈良県桜井市の箸墓【はしはか】古墳の表面にも葺石【ふきいし】が施されている。
--弥生時代後期から終末期に吉備地方に築造された墳丘墓(例:倉敷市の楯築【たてつき】墳丘墓【ふんきゅうぼ】)には、箸墓古墳にみられる特殊器台形埴輪につながる供献用の特殊器大形土器および特殊壷型土器を伴っていた。
--山陽東部から吉備・播磨地方においては、円丘ないし方丘の辺に1,2の突出部を持つ墳丘墓がみられるが、この突出部が前方後円墳の前方部に転化したものと考えられる。
--埋葬施設としての堅穴式石室の原型は、吉備・播磨地方の墳丘墓にその例が見られる。
-相違点
--墳丘規模に格段の差が見られる。
--地域的特色が失われている。
--副葬品に鏡・武器・農工具・装飾具といった共通の組み合わせからなる。


*前方後円墳の謎 [#h74133d6]

+全国で約3,000基ともいわれる巨大な前方後円墳は、何に使われ、どのような意味を持っていたのか?
--古代王権の構造的特質と密接な関連があると思われるが、その実態は謎に包まれている。
--奈良県のコナベ古墳と関東地方では最大規模といわれる群馬県の大田天神山古墳とは500kmも離れているが、その形状がぴったりと一致している。
--福岡県の岩戸山古墳と愛知県の断夫山【だんぷざん】古墳は700kmも離れているが、その形状がぴったり一致している。
--さらに、岡山県の浦間茶臼山古墳は箸墓古墳のちょうど2分の1の大きさになっている。
+当時の土木技術でどのようにして同じ型の古墳を作り得たか?
--形状は時代が下るとともに、しだいに前方部の幅が広がり、くびれ部が太くなるという遍歴をたどる。
+なぜ前方後円という形をしているのか?


*参考文献 [#w34e64c0]

-『授業に役立つ日本史100話・上』