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  • 徳川家康 へ行く。

*目次 [#i259649f]

#contents


*徳川家康の忍者 [#m3631bcb]

 徳川家康はかつての武田軍の強さが忘れられず、武田家が滅んだ後に、遺臣の多くを召抱えて、軍法もすべて信玄の法に真似た。信玄は兵法で言う用間(間諜・[[スパイ]]を使うこと)が好きで、[[忍者]]を用いて様々な働きをさせた。家康はこれもそのまま真似た。


*徳川家康が彦根藩を作った理由 [#ic08dd5e]

 [[徳川家康]]が伊井家をもって彦根藩を作ったのは、京都を警戒するためである。伊井家は徳川にあたっては、極めて重要な、いわば世襲の専務取締役の家である。伊井掃部頭と酒井雅楽頭と、この二軒だけが徳川初期から末期まで、大老になる資格を持ち続けていた。つまり、特別な名誉と権能が与えられているわけである。なお、その他の家はどんな譜代大名であっても、老中にまでにしかなれないのである。

 さらに、いざ合戦が起きたときは、伊井家は徳川の先鋒になるのである。[[関ヶ原の戦い]]でも、[[大坂夏の陣]]でもそうであった。そのため、家康は伊井家に対して赤備えを許していたのである。このもとは、家康が武田の遺臣の旧臣を吸収するに当たり、武勇天下にとどろく武田家の赤備えをそのまま伊井家に渡したものである。つまり、徳川軍の中で最も強い軍と言えるだろう.


*参考文献 [#pb5ef3ff]

-『関ヶ原 上巻』
-『手掘り日本史』