『思考の整理学』読書メモ
はじめに
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読書の背景
読書メモ
p.15「グライダー専業では安心していられない」。コンピューターは飛び抜けて優秀な“グライダー型”。自分で飛べない人間は仕事を奪われる。これは現代のAIにもそのまま当てはまる。排除されるのは人間そのものではなく、思考しない人間。
p.35 繰り返し同じようなことをしていると、どのくらいで発酵が始まるか体感的にわかるようになる。ひらめきは偶然ではなく、反復と熟成の結果。
p.37 三上(馬上・枕上・厠上)。机ではない場所で発想が生まれる。特に枕上は、起床直後の半覚醒状態で優れた着想が浮かぶ。経験的観察だが、現代のレム/ノンレム睡眠理論でも説明可能。
p.38「見つめる鍋は煮えない」。考えすぎると問題は引っ込む。大きな問題ほど長く温める必要がある。即答できる問いは大した問いではない。
(テーマ競争)「一つだけでは多すぎる」。テーマを独占させるな。複数を温め、競争させると伸びるものが浮上する。
p.45 文献整理は啓蒙的意義にとどまる。新しい思考を生む第一条件は独創。ただし未熟な独創は説得力を持たない。独創は熟成と構成があって初めて価値になる。
(第一次的/第二次的創造)着想そのものが第一次的創造、それを大きな構造にまとめ上げるのが第二次的創造。ここで重要なのが「知のエディターシップ」。独創性の量よりも、持っている知識をどう組み合わせ、どう並べるかが鍵。
p.57 インスピレーションは無から生まれない。既存の知識・経験・感情に個性が作用し、知識と知識、感情と感情が結合して新しい思考が生まれる。創造には無心、過度に緊張しない態度が必要。
p.58 素材は陳腐でもよい。発想の妙は素材の創出ではなく、思いがけない結合にある。
p.69 セレンディピティ。中心的関心よりも周辺的関心が活発に働くと発見が生まれる。過集中はむしろ発想を妨げる。
p.77 思考の整理とは、思いつきを「抽象のはしご」でメタ化すること。抽象度を上げるほど思考の不変性は増す。
p.78 整理は平面的・量的まとめではなく、立体的・質的統合である。着想の熟成を重視する理由はここにある。
p.92 すべては頭の中に記録する。ノートやカードに外部化しすぎると、きれいさっぱり忘れてしまう危険がある。曖昧に残る記憶が結合材料になる。
p.94 ひらがなの「つんどく」。本を積み、その上で読む。多読によって知識を頭の中で渦巻かせることが重要。
※一般の「積読」は読まないで積む行為を意味するが、筆者の「つんどく」は読んだものを積む(あるいは読む前提のものを積む)という行為。
p.95 忘れなかった知見が知的個性を形成する。深い関心と結びついたものは消えない。
p.103 知識は心がけ次第で、特にまとめようとしなくても自然にまとまる。無理な整理よりも熟成環境が重要。
p.115 忘却は価値観に基づく。価値観が曖昧だと重要なものを忘れ、つまらないものを覚えてしまう。
p.119 忘れることも勉強のうち。異質なものに接近すると選別が進む。
p.124–127 風化と古典化。時間による忘却をくぐり抜けたものだけが古典になる。思考の整理とは「いかにうまく忘れるか」。作者が古典を作ることはできない。
p.138 書き直しを惜しむな。書くことによって思考は消化される。聞き上手な相手に話すこと、音読も整理に有効。表現すること自体が整理。
p.139 思考はなるべく多くのチャンネルをくぐらせるほど整理が進む。書く・話す・読む(音読する)。
p.150 気心が知れていて、専門が近すぎない仲間との対話は触媒作用を生み、セレンディピティ的着想を促す。
p.175 三多【さんた】:文章上達の秘訣3箇条
看多(多くの本を読むこと)、做多【さた】(多くの文を作ること)、商量多(多くの工夫し、推敲すること)
読む→書く→吟味することで知識と思考が循環する。
p.188 具体例を抽象化・定型化したものがことわざ。人類は文字以前から思考を整理していた。ことわざは圧縮された知。
p.200 思考的読書。想像力・直観力・知識を総動員し、自分の解釈に至る読書。量的読書や表面的質的読書では足りない。
p.208 拡散的読書。著者の意図と違う解釈でもよい。拡散的読みが古典を形成する。
p.222 エッセイストは「と思われる」事柄を思想化する工程に喜びを見出す。書くことと考えることは並行する。




