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*ガリレイ [#aa685c97]

-コペルニクスの理論を物理学的に説明してしまった。
--元々コペルニクスの学説は、カトリックだけでなく、プロテスタントからも非難され、嘲笑された。なぜならば、地球が回転しているのであれば、その上にある物体(人間などを含む)は後方に放り出されてしまうことになる。また、その回転がどのような力の作用によるものかも説明できないからである。つまり、コペルニクスの提案はあくまで、こう考えれば計算が楽になるという便宜上の仮説とにすぎなかった。
--しかし、ガリレイはコペルニクスの学説が正しいことを示してしまう。ガリレイにはその根拠があった。実際に天体の回転という事実を見たのである。
---凸レンズと凹レンズを使った簡単な望遠鏡((最初にこの種の望遠鏡を作ったのは[[オランダ]]の眼鏡屋のハンス・リッペルスハイであるが、天体を観測したのはガリレイが最初なので、一般にガリレイ式望遠鏡と呼ばれる。))で木星を観測すると、小さな星が4つ、真横に並んで見えた。不思議に思って位置をスケッチしながら観測を続けるうちに、この4つの星が木星の周囲を回転している衛星だとわかったのである。実際に衛星が動いている様が見えたわけではないが、毎日のスケッチを連続して眺めれば、衛星がぐるぐる回転している様がわかる。よって木星の衛星が回転していることは間違いないことがわかり、慣性の法則は揺るぎのない事実と感じられた。
---ガリレイ式望遠鏡は筒の両端にレンズを付けただけの簡単な構造であり、この時代には安価なガラスが量産されていたので、カトリック関係者もガリレイが主張したように木星の衛星が回っていることを見ることができた。そのため、ガリレイを支持する人々も少なくなかった。ガリレイはそういう状況を踏まえた上で、天動説と地動説の両方を併記して問答をさせた『天文対話』という本を出版する。
---しかし、頑迷【がんめい】なカトリックの幹部たちは、最終的にガリレイを宗教裁判にかけた。そのため、ガリレイは自説を曲げるしかなかった。結果として、火あぶりになることはなく、牢獄に閉じこめられることもなかったが、著書は発禁処分となり、ガリレイは自宅に幽閉されることになる。
---伝説では裁判を聞きながら、ガリレイは「それでも地球は動く」と呟いたことになっている。
-[[ニュートン]]に先立ち、ほぼ完全に重力の法則を確立させた。
--しかしその理論を説明するために、ガリレイに与えられた道具は[[定規]]と[[コンパス]]を用いた[[幾何学]]しかなかった。これだけでは、この理論を十分に説明することができないのである。


*参考文献 [#ec37dfc9]

-『ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡』